2026年1月16日
横浜のK様から電話があったのは昨年9月の事だった。
癌が見つかりそう長くはないと医師から宣告を受けたとの事だった。
K様は冷静に以後のスケジュールを完膚なきまで設定された。
K様のメールはいつも「私が死んだら・・・・」「私の死後は…」とイメージを私に伝え指示を仰いだ。
K様は親御さんを亡くし、独身、妹がいるがダウン症との事で、頼る人はいない。横浜の弁護士を後見人に立て、金銭面での死後事務は見通しが立ったが、実際の自然葬に至る道筋は不明だった。
紆余曲折を経て私にたどり着き、そんな事情ならと私も力になろうと思った。
そして先月12月末、果たして息を引き取った。
たくさんのお願いの一つに、信仰していた金光教の神職に葬儀をしてほしいとの事だった。
年末年始は神職も忙しいので、1月16日に私の狭い事務所にて小さなお葬式を営むことになった。
参加者は私と弁護士、遠い親族3人が駆けつけた。
神道での葬式スタイルは私も初めてだったが、仏教徒は違いお別れの言葉を神職自身で考え読み上げていた。
小さいころは母親から虐待を受け憎んでいたにもかかわらず、その母が老いて認知症になると献身的に介護をしていたことを聞きとることができた。
何という人生だろう。
60歳の短い人生だった。
